仙台高等裁判所 昭和29年(ネ)559号 判決 1956年3月30日
控訴人 岩間利時
被控訴人 斎川久吉
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人が、
一、仮りに本件土地賃貸借における解除権留保の特約が無効であるとしても、保険金騙取の目的をもつてその地上建物に放火し公共の危険を生じしめるような行為は、公共の福祉に反し且信義誠実の原則に反する賃借権の行使であるから、賃貸借の基調をなす継続的信頼関係を破壊するものというべく、かかる場合は賃貸人において即時契約を解除し得るものといわねばならない。
二、仮りに、右主張が理由がないとしても、被控訴人は控訴人に対し昭和二十八年三月四日内容証明郵便をもつて、若し控訴人において賃借権が存続するものと考えるならば二週間以内に未払賃料の支払をなすべく催告したけれども、控訴人はその支払をしないから、本訴において(昭和三十一年二月十日口頭弁論期日)本件土地賃貸借契約解約の意思表示をする。
と述べ、控訴代理人が
一、本件土地賃貸借の解除権留保の特約は、火災その他の天災即ち控訴人の責に帰すべからざる事由によつて建物が滅失した通常の場合を規定したものであつて、借地上の建物が控訴人の失火乃至は放火によつて消滅した場合を予想した規定ではない。仮にこれらの場合が右特約に包含されるものとしても、右特約はもともと借地法第十一条に違反し無効である。
二、被控訴人は控訴人が賃貸借の目的である本件土地の上に建設した建物に放火したことをもつて、解除権が発生したと主張するけれども、借地権は、地上建物の焼失によつて消滅しないし、その焼失の原因の如何を問わないのである。蓋し、借地契約は土地の使用を内容とする債権契約であるからである。
三、被控訴人主張の日に、賃料支払の催告のあつたことは争わないが賃借権の存在を否認しておきながら賃料の支払を催告したのは、適法な履行の催告にはあたらないものである。
と述べたほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。
<証拠省略>
理由
当裁判所は左の理由を附加するほか、原判決と同じ理由によつて被控訴人の請求を正当と認めるから、その理由摘示を引用する。
控訴人と被控訴人間の本件借地契約には、期間満了前といえども建物が火災等により滅失したときは、被控訴人において契約を解除し得る旨の解除権留保の特約が存し、右特約は、控訴人が自ら借地上の建物に放火し、これにより右建物を滅失した場合にも、被控訴人は契約を解除し得る趣旨のものであることは、原判決理由摘示のとおりである。しかして、借地法の適用ある土地の賃貸借契約の場合においては、借地上の建物が滅失した場合、それが自然の朽廃による場合のほかは借地権は滅失することなくなお残存期間存続するものであるから、建物の朽廃によらずして期間内に借地権を借地権を消滅せしむべき特約は一般に借地権者に不利なものということができる。しかし、借地権者が借地上の建物に自ら放火してこれを滅失せしめることは、本来の借地使用の目的を逸脱するものであつて、借地権者として誠実にその権利を行使するものということを得ないことは明かであるから、この場合に賃貸人において借地契約を解除し得る旨の解除権留保に関する特約を締結することは、このような借地権者自らの行為を条件として誠実な借地権行使の行われない借地関係を終了せしめることを目的とするものであり、しかもその条件の成否いかんは、これをもつぱら借地権者の行為に係らしめているのであるから、これをもつて借地法第二条その他の規定に反し借地権者に不利なものということはできないのである。従つて、借地上の建物が火災等により滅失した場合被控訴人において契約を解除し得る解除権留保に関する特約が一部借地権者に不利益な場合を包含するとしても、右特約はその限度において効力を生ぜぬにすぎず、控訴人の借地上の建物に対する放火による建物の滅失をもつて解除権発生の要件とする限度においてはこれを有効と解すべきである。
よつて本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条により主文のとおり判決する。
(裁判官 村木達夫 石井義彦 杉本正雄)